いまお稽古してる「松の緑」という曲は、ご祝儀舞踊で素踊りの男(踊り)なんですけど。
どういうことかっていうと、
ご祝儀舞踊:舞台の上でめくるめく世界観を展開して…というよりは、おめでたい席で格調高く踊る演目
素踊り:何かの役の衣装じゃなくて普通の着物で踊ること(女性は素踊り専用の衣装やかつらをつけることもあるが建前上は衣装無し)。ご祝儀舞踊は素踊りが多い。
この時点で「女の私が女の格好で男として踊る」んだけど「男とはいえ女性の着物で踊るからには男の衣装をつけたときと同じように動いていいわけではない」という多少ややこしい状態です。
で、更に、「踊り手の男の人」でありながら曲中で「花魁→堅気の女→媼」「二枚目の客→翁」の役を演じ分けるんですよ。
男の人が立派な松を見上げているな、あっ花魁が出てきたな、こっちはお客の色男だな、さっきの女が泣いて喜んでるな、ふたり仲良く歳取ったんだなー、はい踊り手に戻ってめでたしめでたし…っていうストーリーを表現しつつも、ご祝儀舞踊なのであんまりオーバーに演じては下品になっちゃうんです(って)。
この何重にも演じるっていうのは日本舞踊ではすごくよくあることなんですけどね。
鳶頭の衣装で踊る演目「申酉」をお稽古したときも「しかたばなし(仕方話?)」といって遊女や御殿女中の真似事をするくだりがありましたが、足は元の役のままでした。
一方「松の緑」の花魁パートは足まで女の形に変わるんで、役のレイヤー構造がまた違うみたい。
すでにいろんな色がついている「自分」レイヤーの介入も避けられないので、変に目立ってこないように上の層の塗り重ね方に苦心したり…でも、気になるところばっかりぐりぐり重ねていたらまた別のところが目立ち始めたりして…
「個性の表現」なんていうハイレベルでおこがましい話ではなく、例えば左利きだからかお扇子を持つ手の形が雑になりがちだとか
せめて「自分」が真っさらだったらまだ楽なのにね!
ややこしいけど、このややこしさがまたおもろいなあと思います。
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